第3話 灰色の真実
暴行事件の目撃者として名乗り出たのは、信頼性が低いとされるホームレスの老人だった。
九重は彼だけが語った“押された”という証言を手がかりに、被害者が隠していた真相と犯人へと辿り着く。
本編
翌朝。三崎周平の行方は依然として不明のまま。
一課の空気は「三崎犯人説」で固まりつつある。
そんな中、聡美は再び南口のロータリーへ向かった。
老人は相変わらず段ボールの上に座り、冷たい缶コーヒーで手を温めている。
「昨日の話、本当だって信じてるのかい?」
老人は苦笑した。
「あなたの目は濁ってないわ。むしろ、誰よりもよく見てる」
その言葉に、老人の瞳が揺れた。
「……一つだけ、言い忘れてたことがある」
聡美は息をのむ。
「押した男、手袋をしてた。黒い手袋。寒くもねえのに」
その瞬間、聡美の思考が動く。
──黒いフード、手袋、右足を引きずるような歩き方。
これらは“犯人像”を構成する情報。でも三崎はそんな服装では普段ない。
「ねえ、その手袋……濡れてた?」
「いや、乾いてたよ」
乾いていた。
雨の中で、傘もささずに乾いた手袋──。
聡美は一つの可能性に行き着く。
「現場に来る前から、屋根のある場所にいた」
佐野が息を呑む。
「つまり……?」
「犯人は高架下で最初から待ち伏せしてた。三崎は関係ない」
その足で、聡美は病院へ向かった。
大石弘樹はベッドに座り、視線を落としている。
「昨日の証言、訂正して」
聡美は言った。
「……何のことだよ」
「犯人、見えてたでしょう」
大石は肩を震わせた。
「お、俺は……!」
「あなたの後頭部の傷の角度。押された方向。そして、あなたのコートの背中についてた“擦れた跡”。誰かと揉み合った痕よ」
大石の目から涙が溢れた。
「……弟なんだ。弟の亮(りょう)に殴られたんだ」
佐野が驚いて言う。
「弟!? なんでだよ!」
大石は震えながら語った。
「弟は職場をクビになって……俺が紹介した会社が原因だって逆恨みしてた。
俺を探しに来て……殴られて……」
聡美は静かに目を細めた。
「それを言えなかった理由は?」
「弟を……捕まえてほしくなくて……」
佐野が舌打ちした。
「兄貴思いかよ……」
聡美はゆっくりと大石の前に座る。
「あなたが黙っても、誰も救われないわ。真実を曖昧にしたら、あなた自身も、弟も、ずっと苦しむだけ」
その声は厳しくも、どこか温かかった。
数時間後。
弟・亮が自宅で確保された。
事情聴取で、彼は泣きながら兄を殴ったことを認めた。
その日の夕方。
南口のロータリーに戻った聡美は、老人に深く頭を下げた。
「あなたの証言が、この事件を動かした」
老人は驚き、そして嬉しそうに笑った。
「ワシのような“灰色の人間”の言葉でも……役に立つんだなあ」
聡美は微笑みながら答えた。
「灰色って、汚れてる色じゃないわ。白と黒をつなぐ、一番“真実に近い色”よ」
夕焼けの中、老人の皺だらけの顔には、静かな誇りが浮かんでいた。
──こうして、CASE02は “灰色の目撃者” の言葉によって解決へ導かれた。
九重聡美はその背を見送りながら、次の事件の気配を、冷たい風の中に感じていた。