POLICE SATOMI

事件ファイル CASE02:灰色の目撃者

第3話 灰色の真実

暴行事件の目撃者として名乗り出たのは、信頼性が低いとされるホームレスの老人だった。
九重は彼だけが語った“押された”という証言を手がかりに、被害者が隠していた真相と犯人へと辿り着く。

種別:中編 / 舞台:大宮駅前の高架下 / 時系列:CASE01直後、本編序盤の出来事として位置づけ。

本編

 翌朝。
 三崎周平の行方は依然として不明のまま。
 一課の空気は「三崎犯人説」で固まりつつある。

 そんな中、聡美は再び南口のロータリーへ向かった。
 老人は相変わらず段ボールの上に座り、冷たい缶コーヒーで手を温めている。

「昨日の話、本当だって信じてるのかい?」
 老人は苦笑した。

「あなたの目は濁ってないわ。むしろ、誰よりもよく見てる」

 その言葉に、老人の瞳が揺れた。

「……一つだけ、言い忘れてたことがある」

 聡美は息をのむ。

「押した男、手袋をしてた。黒い手袋。寒くもねえのに」
 その瞬間、聡美の思考が動く。

 ──黒いフード、手袋、右足を引きずるような歩き方。
 これらは“犯人像”を構成する情報。でも三崎はそんな服装では普段ない。

「ねえ、その手袋……濡れてた?」
「いや、乾いてたよ」

 乾いていた。
 雨の中で、傘もささずに乾いた手袋──。

 聡美は一つの可能性に行き着く。

「現場に来る前から、屋根のある場所にいた」

 佐野が息を呑む。

「つまり……?」

「犯人は高架下で最初から待ち伏せしてた。三崎は関係ない」

 その足で、聡美は病院へ向かった。
 大石弘樹はベッドに座り、視線を落としている。

「昨日の証言、訂正して」
 聡美は言った。

「……何のことだよ」

「犯人、見えてたでしょう」

 大石は肩を震わせた。

「お、俺は……!」

「あなたの後頭部の傷の角度。押された方向。そして、あなたのコートの背中についてた“擦れた跡”。誰かと揉み合った痕よ」

 大石の目から涙が溢れた。

「……弟なんだ。弟の亮(りょう)に殴られたんだ」

 佐野が驚いて言う。
「弟!? なんでだよ!」

 大石は震えながら語った。

「弟は職場をクビになって……俺が紹介した会社が原因だって逆恨みしてた。
 俺を探しに来て……殴られて……」

 聡美は静かに目を細めた。

「それを言えなかった理由は?」

「弟を……捕まえてほしくなくて……」

 佐野が舌打ちした。

「兄貴思いかよ……」

 聡美はゆっくりと大石の前に座る。

「あなたが黙っても、誰も救われないわ。真実を曖昧にしたら、あなた自身も、弟も、ずっと苦しむだけ」

 その声は厳しくも、どこか温かかった。

 数時間後。
 弟・亮が自宅で確保された。
 事情聴取で、彼は泣きながら兄を殴ったことを認めた。

 その日の夕方。
 南口のロータリーに戻った聡美は、老人に深く頭を下げた。

「あなたの証言が、この事件を動かした」

 老人は驚き、そして嬉しそうに笑った。

「ワシのような“灰色の人間”の言葉でも……役に立つんだなあ」

聡美は微笑みながら答えた。

「灰色って、汚れてる色じゃないわ。白と黒をつなぐ、一番“真実に近い色”よ」

 夕焼けの中、老人の皺だらけの顔には、静かな誇りが浮かんでいた。

 ──こうして、CASE02は “灰色の目撃者” の言葉によって解決へ導かれた。

 九重聡美はその背を見送りながら、次の事件の気配を、冷たい風の中に感じていた。